米国EPAの現在の進捗状況 と EUリスクアセスメント結果の比較

米国EPAのPBDEsワーキンググループは“Tracking Progress on U.S. EPA’s Polybrominated Diphenyl Ethers (PBDEs) Project Plan: Status Report on Key Activities”という報告書を2007年5月,2008年5月に出している。そして最近,2008年12月に出た様式が,第3版となる「Third status report updating information on its PBDEs activities」である。
http://www.epa.gov/oppt/pbde/pubs/pbdestatus1208.pdf
本プロジェクトでは臭素系難燃剤を評価するために,4つの目標を掲げている。その中の4番目がPBDEs以外の難燃剤(TBBPA,HBCD)のリスク情報の追尾である。
そこで(HBCDのみではあるが),タイアップさせているのが,米国の化学物質管理プログラム(Chemical Assessment and Management Program;ChAMP)。2008年3月から走らせているプログラムで,米国HPVプログラムと組み合わせることで,高生産量の無機化学物質にもIUR対象物質を拡大させようとするもの。これによって,HPVと年間100万ポンド以上の有機化学物質だけではなく,年間11トン以上生産されている無機化学物質についても,今後評価を行ってくこととしている。
環境省の資料で分かりやすい図があったので,そちらを引用させてもらうことにする。
http://www.env.go.jp/council/05hoken/y057-04/mat04.pdf

ChAMPの下でHBCDのRisk-Based Prioritization Document(リスクに基づいた化学物質優先順位づけ調査文章)を完成させ,EPAはHBCDの優先順位は上位だと判断した。

では,Risk-Based Prioritization Documentの内容と結果はどんなものだったのか?
EPAはHBCDのリスクが発現するとして,作業者・消費者・子供への暴露,環境中への放出,環境中での難分解性・蓄積性を挙げた。さらなるHBCDの潜在暴露情報も更なるリスクを定量化するには必要である。EPAは部外秘になっている自主調査データの公開を求めているおり,また,NHANESやIRISからのデータによってHBCDへの措置を変更することも示唆している。


※以下,原著の日本語訳をさらにまとめたような感じ。あくまで,本ブログ管理者(+Iさん)の個人的な日本語訳かつ,かいつまんでいるため,詳しくは原著を参考にしていただきたい※
http://www.epa.gov/hpvis/rbp/HBCD.3194556.Web.RBP.31308.pdf

ヒト健康と環境へのハザード特定(要約)
・健康影響データは,反復経口試験を行ったところ,甲状腺への影響が見られたため,発達神経毒性の懸念がある(中程度)。ちなみに,反復経口試験時に(高用量でのみではあるが)生殖器官への影響が現れたことから考えると,潜在的な生殖毒性があるかもしれない。
・水生毒性試験により,藻類に高い急性水毒性を,ミジンコに高い慢性毒性を示す。
暴露(要約)
・生産量: HBCD.1,2,5,6,9,10には2つのCAS番号がある。
 ヘキサブロモシクロドデカン(CAS 3194-55-6)は,2005年に10,000,000から50,000,000ポンドの間で,アメリカにおいて製造もしくは輸入された,高生産量(HPV)の化学製品である。
 ヘキサブロモシクロドデカン(CAS 25637-99-4)は,2005年に10,000から500,000ポンドの間で製造もしくは輸入された,中生産量(MPV)の化学製品である。
・使用: HPVの提出書類から伺えるHBCDの用途としては,主にポリスチレン(断熱・防音)フォーム,屋内装飾用品の繊維,ビデオやオーディオ機器の筺体の中において,難燃剤として使用されている。加えて,耐衝撃性のポリスチレン,SAN(スチレン-アクリルニトリル)樹脂,接着剤や塗装剤中に,難燃剤として使用されているようである。
・全般的な人口と環境: HBCDは,有害化学物質排出目録(TRI)で報告されていない(訳者:TRIというのは,いわゆる米国版PRTRみたいなもの)。HBCDは樹脂へ添加することで難燃性を発揮する添加型難燃剤であり,樹脂と化学的な結合をしないため,環境中へ放出される可能性がある。この使用情報に基づいて,EPAは,リスクを考える際には,一般市民と環境,両主体への暴露シナリオを想定している。
・労働者: 1981から1983年に実施された調査;連邦政府による職業暴露調査(NOES)は,CAS番号3194-55-6(具体的に言うと,1,2,5,6,9,10-ヘキサブロモシクロドデカン)に潜在的に暴露した労働者数データを持っていない。それに対し,CAS番号25637-99-4のHBCDに総計11,921人の労働者が潜在的に暴露していると推定した。ちなみに,IURレポートは,生産・製造・使用の間にHBCDに暴露した可能性のある労働者の最大数は100から999人の間と推定した。(IUR提出者とNOESによって推定された労働者数の違いは,推定している時間,範囲,方法を含む多くの要素が原因となっている。例えば,IURが工業の職場だけを対象にしているのに対し,NOESの試算は全ての職場を対象にしている。またIURはシンプルに報告年ごとの情報に基づいた最良推定値を導出する一方で,NOESは調査とデータによる外挿法を選択した)。蒸気圧は低いので,最も一般的な取り扱い形態である液体からの深刻な労働者吸入暴露経路は,ありそうもないと考えられている。しかし,労働者はHBCDを含んだダストに暴露されているかもしれない。IURデータ(特に潜在的に曝された労働者数と使用コード)に基づくと,潜在的な労働者暴露は高い。
・商業労働者と消費者: IUR情報には,商業用向け/消費者向け製品がHBCDを使用していると記載されている(建造物,繊維,装飾品,ゴム製品,プラスチック製品)。よって,商業労働者と消費者にたいして,HBCDの潜在的な経皮暴露と吸入暴露の可能性がある。IURに基づいて商業労働者もしくは消費者のリスクが懸念されている。
・子供: IUR情報により,HBCDは子ども向け製品には使われていないこと,(子供への暴露があったとしても)その情報がすぐには得られないことが示唆される。これらの不確実性を考慮して,子供への懸念は中程度である。

仮定条件と不確実性
・HBCDは2つのCAS番号を持つ。一つ(25637-99-4; ヘキサブロモシクロドデカン)は,OECDのSIAP(スクリーニング情報データセット・初期評価分析表)で取り上げており,HBCDの混合物を示している。もう一方(3194-55-6; 1,2,5,6,9,10-ヘキサブロモシクロドデカン)は,同じ混合物を示すが,化学名において各臭素の位置を識別している。本評価では,それらは同じものとして扱うことにした。
・HBCDには,IURで報告されなかった用途があるかもしれない。
甲状腺への影響の大きさ,発達神経毒性影響の大きさに対し,不確実性が存在する。
生殖器官への影響は,反復投与試験の高用量領域でのみ見られるものの,試験数の少なさが,不確実性を大きくしている。

リスク算定結果(要約)
・環境放出による水生生物へのリスク(懸念:高い):EPAはHBCDの環境放出による水生生物への暴露があると推定している。HBCDの生物蓄積の可能性や,高い(水生植物への)急性,(水生の無脊椎動物への)慢性毒性を考慮すると,環境放出による水生生物への潜在的なリスクが大いに懸念される。とはいえ,易分解性はリスクを幾分かは減少させる要因になると思われる(HBCDはPBT物質ではない(という風に2008年12月の化審法見直しで決着がついている))。
・環境放出による一般集団へのリスク(懸念:中くらい):EPAはHBCDの環境放出による一般集団への暴露があると推定している。環境中からの暴露と合わせたヒト健康影響が中程度であることや易分解性が示すところは,環境放出による一般集団へのリスクは中程度の懸念だということである。
・労働者へのリスク(懸念:高い):得られる限りのデータから,HBCDの労働者への暴露が示唆されている。労働環境中での暴露頻度と,ヒト健康影響への中程度の懸念を考慮すると,労働者には高いリスクが懸念されると考えられる。
・販売員や消費者への一般的な用途でのリスク(懸念:高い):IURのデータにより,販売員や消費者がHBCDに暴露されている可能性が示唆された。最近論文上で発表された知見によれば,更なる評価は必要だとするものの,とりあえずHBCD添加製品を使用することにより消費者への暴露可能性が示唆されている。販売員や消費者の使用段階での暴露頻度と,ヒト健康影響への中程度の懸念を考慮すると,彼らには高いリスクが懸念されると考えられる。
・子供へのリスク(高懸念):HBCDが消費者製品に使われているという情報がある。よって,子供も大人と同様,HBCDを含有している消費者製品に暴露されているだろう。子供への健康影響を考える場合は,ヒト健康影響が中程度だということは重要な意味を持つ。なぜなら,様々な研究によって,甲状腺機能が,特に神経系において異常な発達を引き起こす可能性が示唆されているためである。それゆえ,予期される暴露を加味して,大人を含めた場合の中程度のヒト健康影響(特に発達影響への懸念)が示すところは,子供に高いリスクが懸念されるということである。


さて,では,EUリスクアセスメントのサマリーと比較してみよう。

EU RA Final Draft
October 2007(2008年5月に委員会によって校正されたものと比較してないので分からないが,ここのリスク判定が覆っていることはないだろう)
A.ヒト健康影響評価
不確実性のためリスク判定保留  更なる情報及び/または試験が必要
  哺乳類に関する多世代の生殖発生毒性試験の結果待ち(管理者:厚生省の試験結果のこと。Ema(2008)→ScienceDirectで論文検索可。かつ,先日アップした化審法見直しのところでも紹介されている試験結果である。結果としては,一特ほどの毒性を持っていないことが分かっている。おそらく,この部分は2008年5月バージョンでは新たに修正されているはず。各自確認でお願いします。)
作業員:微粉末HBCDを袋詰めする製造工程でリスクを削減する必要がある。
消費者:更なる情報及び/または試験が不要
環境経由のヒト曝露:更なる情報及び/または試験が不要

B.環境影響評価
水圏:特定のXPS製造及び繊維加工工場周辺でリスクを削減する必要がある。
陸棲生物:特定のXPS製造及び繊維加工工場周辺でリスクを削減する必要がある。
大気圏:更なる情報及び/または試験が不要
食物連鎖によるリスク:特定のEPSやXPS製造及び繊維加工工場周辺でリスクを削減する必要がある。
PBT評価:PBTの定義には完全に当てはまらないが、総合的に判断してPBTの性質を有する。



USEPAよりもEUの方が,HBCDを冷静に見ているような感じがする。実際どうなんだろう。