講演会報告 食品に関わる化学物質の安全性とは?①畝山さん発表メモ

以前にも当ブログで紹介した,上記の講演会に参加した。

平成21年度 日本環境変異原学会公開シンポジウム
食品に関わる化学物質の安全性とは?−消費者と研究者の接点を求めて−
http://www.j-ems.org/symposium/2009symposium.html
5月30日(土) @慶應義塾大学 芝共立キャンパス

その中で,特に
①「食品中化学物質による事件・事故とそのリスク」 畝山智香子
②「食品中残留農薬の規制と実態」 永山敏廣
③「“食の安全”問題におけるメディア・バイアスとリテラシーの重要性」 松永和紀
④「食の安全性と食への安心」 中谷内一也
以上の4名の方々の発表を取り上げ,メモを残すことを目的とし,少々コメントも付け加えることにする。
1.畝山智香子さんの発表
まず,感想として,とっても面白かった。食品安全情報の第一人者である畝山さんの講演は初めて聞いたので,食品安全ブログを頻繁に拝聴している者として,非常に感銘を受けた。
平均摂取量と許容摂取量(もしくは耐容摂取量の場合もあった)との比較,残留農薬の摂取量マージンと一般食品中の有害物質の摂取量マージンの比較,MOEの試算等,面白い発表内容だった。一般市民向けというよりも,安全性試験等をある程度知っている人向けのスライド内容構成だったように思う。

  • 残留農薬の基準値超過や食品添加物の使用基準違反など,法律や規則に定める基準を逸脱していて問題になる事例を取り上げ,それがどの程度のレベルの問題なのかについて,フェンプロパトリンの例を用いて説明が進んでいく。フェンプロパトリンとは,横浜市において2007年に,キクラゲから0.02ppmが検出された残留農薬で,残留農薬一律基準0.01ppmを超過したために廃棄措置が取られた原因物質である。
  • 用語の整理:ARfD=急性毒性の参照用量,ADI=慢性毒性の参照用量(僕はこの用語使いを知らなかった。よく考えれば,ADIは慢性だから,もう一つ指標があるというのは気づけるはずなんだけれど)
  • フェンプロパトリンの毒性エンドポイント:妊娠母体の体重増加抑制(非常に微小なエンドポイントを採用している)
  • <もし,ジャガイモに天然に含まれる配膳体が残留農薬だったら?>…ヒトの致死量(急性):3〜6mg/kg-体重,毒性発現量:1〜3mg/kg-体重 であり,日常我々が摂取している量は,ゆうに毒性発現量を超えている(摂取量まではメモを取りきれなかった)
  • <もし,タマネギが食品添加物だったら?>…ラットへのエンドポイントとして,「経口投与による肝臓の病理組織学的変化」とある。そして,この毒性値もヒト摂取量は超えている。
  • 水の急性毒性摂取量は5L程度であり,通常の500mLペットボトルを10本分一気に飲めば致死量になる,という程度。簡単に人は死ぬんですねと畝山さんがコメントされていた。(井上:でも,5リットル一気に飲むのはつらいよな,と微妙に突っ込んでしまった)
  • 食品を摂取する際のカロリーは,慢性的に摂取している量の2倍を摂取するだけで閾値を越えてしまうらしい。(井上:慢性的にカロリーをこれまでの摂取量の2倍取れということなので,局所的にカロリーを上昇させてみても,毒性はない)
  • MOEは現在,遺伝毒性発がん物質のリスク優先順位づけのために用いられているらしい。米国COTではBMDL10をそれぞれの物質で求めて,MOEを使いスクリーニング評価をしているらしい。下図より,遺伝毒性発がん物質であっても,MOEが100万以上あれば「まあ大丈夫だろう」ということになるようだ。発がん物質のリスク評価にMOEを使っているというのをはじめて聞いて,少しびっくり。

  • 先に取り上げた事例のMOEを算出されていた。これが面白い。

・キクラゲのフェンプロパトリン
MOAELが3mg/kg,検出された濃度が0.02mg/kgで,体重20kgの子供がキクラゲを食べる量が10gとすと,MOEは…
MOE=(影響のない摂取量mg)/(摂取量mg)=3(mg/kg)×20(kg)/(0.02(mg/kg)×0.01(kg))=300,000
試しにLOAELを使うと,
MOE=6×20/0.02×0.01=600,000
・タマネギ
NOAELが50mg/kg,体重20kgの子供が食べる量が(キクラゲ同様に)20gとすると,MOEは…
MOE=50(mg/kg)×20(kg)/20,000(mg)=0.05
試しにLOAELを使うと,
MOE=500×20/20,000=0.5

ということで,全く恣意的に計算しているわけでも何でもないのに,タマネギのほうがキクラゲの残留フェンプロパトリンより120〜600万倍も危険ということになり,MOEの議論だけですべてを済まそうとすると,明日からカレーはタマネギ抜きになるのである。

  • 最近のMOEの議論について,COT,EFSA,JECFAが公表している遺伝毒性発がん物質のMOE一覧表についての説明があった。確かに,食品安全ブログを読み返してみれば,世の中ではMOEを使った発がん影響物質のリスク評価が盛んになっているということを感じることができる。以下にその代表的なトピックを。

2009年1月27日「遺伝毒性発がん物質のリスク評価方法とアプローチに関するSCCP/SCHER/SCENIHRの意見」
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20090127#p6
「リスク削減の優先順位決定のためにはMOEも直線的外挿(BMDL10やT25など)も使える。費用対効果解析には直線的外挿が必要になる。」
2007年11月9日「2007年11月15日のCOC会合」(井上:COCとは,英国COTの一つの部会(発がん物質特化の部会)のようだ)
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20071109#p10
「COC委員は、リスク管理者が遺伝毒性発がん物質のリスクについて優先順位をつけたり一般にそのリスクを伝えたりする場合に暴露マージン(MOE)アプローチを使うことには概ね合意した。」
「100万以上のMOEについて分類することには保留の意見もあったがリスクコミュニケーションには役立つであろうとされた。それぞれのリスク分類にあてはまる例を出して、そうした分類がリスクコミュニケーションに役立つかどうか評価するのが良いであろう。
MOEはハザードのランキングツールであり、分類の説明には「リスク」という単語は使うべきではない。分類の名前としては「懸念がある可能性がある(<10,000)」「懸念はありそうにない(10,000-1,000,000)」「懸念は全くありそうにない(>1,000,000)」というものが提案された。」

実は,遺伝毒性発がん影響にも閾値が存在するのではないか,ということが世界中で議論されていて,そうであるのであれば,MOEをこれらの物質に使うことにさらに追い風になる可能性もあるが,そんな超超低用量に閾値があることを証明することは不可能なのではないだろうか?ちなみに,福島昭治さんたちのグループは閾値の存在を示唆する報文を2005年に出されていた。
福島ら(2005)「遺伝毒性発がん物質の閾値:頂上征服への一途上」,化学生物総合管理,Vol.1,No.1,pp.10-17 PDF
実はもう一つ,発がん影響とMOEをつなげる大きなプロジェクトが動いていた。米国のCarcinogenic Potency Projectがそれに当たる。
これ以上書いているとらちが明かないので,これは次のトピックで取り上げることにする。

  • 近年,食品衛生や食品のリスクを定量的にあらわす方法として,DALYが用いられてきた。DALYとは,疾病や障害による時間の損失を単位として,早い死や身体障害について,年齢による損失の重みづけや標準平均余命を考慮して計算される。ちなみに,1 DALY=完全に健康な1年の余命損失にあたる。
  • DALYを用いた食品の定量的リスク評価の例として,RIVM(オランダ国立公衆衛生環境研究所)の2006年の報告書「Our Food, Our Health: Healthy diet and safe food in The Nehterlands」⇒ココ を紹介された。「日本ではDALYとリスクを取り扱う研究が少ないんですよね」というお言葉には,激しく同意。RIVM(2006)の結果の章に用いられたDALYの図を紹介されていたので,僕も確認の意味で同様のものを作ってみた。


普通に,環境汚染物質って全然問題にならないレベルですよね。総DALYを減らすことを規制目標にするなら,煙草禁止にして,毎日1時間は運動して,お酒もほどほどにしなさいという御触れをすればよいのですね。でも誰しも分かっていることだけど,それができないんですよね,やっぱり。費用対効果悪いですね,人間って。
以上,畝山さんの発表報告でした。