HBCD産業界,ついに反撃に出る

これまでも多くのコメントを出してきた欧州のHBCD産業界が,今回,ついに環境科学の研究者を引き連れて攻勢に出た。これまで,情報を受けてはいたが,UNECEが産業界 Smadar Admon から受け取った文面と共に,評価書も公開している。
まず,欧州HBCD産業界ワーキンググループの代表 Smadar Admon からUNECEの大気中長距離移動性を議論するワーキンググループのチェアマンであるRichard Ballamanに送られた文面も同時に公開されている。

To: Dr Richard Ballaman, Chairman of the Working Group on Strategies and Review under the
UNECE Convention on Long-Range Transboundary Air Pollution
HBCD Industry Working Group 45 WGSR letter 28 July 2009

この文面から,前回のUNECEタスクフォースの決定がどのようになされたのかが良く分かる。産業界から出た新たな評価書(Jon Arnot, et al.(2009))を前回のタスクフォース会議までに提出したかったのだが,努力の甲斐が実らず遅れてしまったようなのである。その他,

  • AMAPのレポート(以前にも本ブログで取り上げたことがある)はHBCDの毒性に対して,何ら情報を与える物ではない。
  • AMAPレポートの中の文献が言及できることは,HBCDは製造され続けている物質であり,移動(Long-rangeではない)や蓄積の可能性があり,環境や動物,人間に対し低曝露ということのみである。

非常に大きな憤りが表れている文章と感じた。
さて,上にも取り上げたJon Arnot, et al.(2009)は下記のリンクでWeb上に公開されている。

Jon Arnot, et al.(2009)“An evaluation of hexabromocyclododecane (HBCD) for Persistent Organic Pollutant (POP) properties and the potential for adverse effects in the Environment

これを簡単にまとめるとこんな感じ?ただし,サマリーをまとめたものである。サマリーは本文を読んでいないとなかなか難解な文章が出てくるために,気をつけていただきたい。誤訳等のご指摘は随時お受けします。

  • 物理化学性状データをレビューし,温度ごとの性質についても計算した。
  • 環境中半減期や体内中半減期は測定データとモデル推定値をそろえた。
  • 大気中,水中,土中,底質中,魚中,鳥類中,哺乳類中の半減期の中央値をそろえた(下限値,上限値を明示)。
  • 不確実性は排除することができなかったため,モデルのインプットパラメータに不確実性を考慮した。
  • モニタリングデータをHBCDの製造工場やHBCD製品製造工場から,近距離(Local scale),中距離(Regional scale),長距離(極地域)で分けたとき,中距離地域の濃度は近距離地域の濃度よりも数オーダー以上低濃度になっている。しかし現在のモニタリングデータをすべて勘案すると一貫した傾向を示さない。
  • いくつかの特定のコンパートメントにおいては,過去15〜20年で微増を示している(定常状態になるまでに多くの時間を要するコンパートメントと推測される)。それに対し,他のほとんどのコンパートメントでは顕著な傾向を示していない。
  • POPs,非POPs,POPs候補物質とHBCDの物理化学性状を比較することにより,長距離移動性,難分解性をモデルによって評価した(OECDのPovモデル(Excelスプレッドシートモデル,フリーダウンロードできる))。その結果,HBCDは長距離移動性と難分解性を示したが,HBCDの半減期の中央値および下限値を用いれば,POPsやPOPs候補物質よりも低いPOPs能を示した。しかし,そもそもPOPsと非POPsとの間の長距離移動性や難分解性の差はさほどない(あまりにも色々な性状があるために,あるベンチマークを用いてこれ以上がPOPsで,そうでなければPOPsでないとは言えない)。
  • 環境中へのHBCDの放出係数(排出係数)もひとつの不確実性である。
  • 結局のところ,HBCDの難分解性は「恐らく難分解性」のカテゴリー(ambiguous persistence categorization)になるであろう。
  • HBCDの各生物(魚,鳥,海獣)の体内中濃度を比較すると,HBCDの濃度はファクター3の中に入っており,HBCDの環境中濃度は定常状態に達していると考えられる。
  • HBCDは他のPOPs物質に比べても,環境中で早く分解する。
  • 【重要と踏んだ】Regional scale dynamic mass balance modelによると,環境中への排出量削減により,HBCDの環境中濃度は他のPOPsよりも早く減少する。→さすが,Frank Waniaがメンバーに入っているだけあって,非常に面白い考察。
  • HBCDの半減期が短いことは,定常状態を仮定したモデルとモニタリングデータの整合性があっている点からも納得できる。
  • これまで,HBCDのリスクアセスメントにはHBCDを溶剤で溶かしたりジェネレーターを使った水生毒性試験の結果を使っていたが,OECDのテストガイダンスをもう一度見直すと,そのような作業は避けることが推奨されていたため,この実験データを用いることには疑問を呈する。
  • HBCDの特にγHBCDの水溶解度(2-3µg/L)はECが規定したNOECの毒性評価クライテリアの1/3以下(10µg/L)である。そのため,HBCDのような水溶解度が低い物質をECの毒性クライテリアによって判断するのには限界があると考えられる(inoue:文章より,HBCDは無理やり溶解されて毒性評価を行われていたようだ)。
  • 最近のデータでは,水生生物への毒性は低いことが示唆される。
  • PNECへの批判あり。ワーストケースのPNECを超過したらそれがリスクにつながるのか,と言った論調(inoue:もう少し難しいことが書いてあるが,本文を眺めながら出ないと理解できない感じの文脈)。
  • Remote regionではHBCD濃度はNOAELを5オーダー以上下回り,近傍地域でも2〜3オーダーは低い(inoue:どうやら海獣の曝露評価を行った模様)。
  • リスクベースでの議論をしなければならないが,最終決断を下すにはデータがなさすぎる(特に時ジアステレオマー(異性化率,異性体の移行率,異性体ごとの毒性等)である)。現在の議論は非常に保守的なデータで行われている。

さあ,いよいよ忙しくなってきそうな予感がする。