中西準子さん横国大へHome Coming+講演

横浜国立大学は毎年,学部・世代・属性の垣根を越えた交流・ネットワーク創りの場を提供することを目的としてHome Coming Dayというイベントを実施している。
ホームカミングデーHP
今年はメイン講演で中西準子先生がお話された。演題は「食のリスク,環境のリスク」。事前の噂によると登録人数がかんばしくないため空席が目立つかもしれないという話だったが,側通路までイスを出さなければ座れないほど立ち見が出る大盛況になった。公演中も人がどんどんと増えていたようだ。
内容はもはやお手のもの,リスクトレードオフの話。なんと早速,Iさんが自身のブログにスライドタイトルを中心にアップしてくれているので,それを参考にしながらまとめたい。

1.タイトル:食のリスク,環境のリスク
2.最近の食の安全に関する事件
3.抽出される特徴
   ・リサイクルが中毒の原因ともなる
   ・許容安全度の変化
4.多くの人が抱く疑問(に対して)
   ・自然の食品にリスクゼロはない
5.食品安全問題−何をしたか−
   ・全頭検査,交換,回収,焼却炉対策
6.「安全」を対策目標にするために必要なこと
7.「安全」の領域を決めることができるのか?
   ・時代・地域により基準は異なる
   ・「安全」とは相対的な概念
8.実は,安全を犠牲にすることもある
9.いろんな安全がある
   ・食の安全だけが特殊なものか?
10.安全を社会政策の目標にする場合
   ・安全の指標の必要性
11.安全をリスクに置き換えて考えるのがいい
   ・riskとは?
   ・RISK=(severity)×risk
12.環境リスク=endpointの許容
13.RISKは面積で表現できる
14.二重基準
   ・エコナの例,アフラトキシン⇔EDBs(発がんリスクのトレードオフ)の例
15.エコナの問題も二重基準の問題を提起するだろう
   ・しかし,そもそも二重基準は存在しても別に良い
   ・リスクの大きさだけでは決められない。人類の食物を失うことにもなる
   ・リスクがベネフィットを内包しているとき
16.リスク評価だけでみると二重基準なのである
17.水銀とマグロ
   ・安全か危険かの境目を作ろうとするとごまかしが入ってくる。
18.リスクトレードオフに対する考慮があるか
   ・リスクトレードオフ=もぐらたたき
19.リスクトレードオフ(1)DDTの失敗と教訓
20.沈黙の春の一節
21.問題となる性質
22.DDT禁止への動き
23.WHOの方針転換
   ・毎年100万人が死亡し,5億人が急性マラリア
24.マラリアの発生地域
25.東南アジア地域でのマラリア対策と感染者数
   ・30年間もDDTを禁止してきたことに虚無感を覚えた
26.DDT・噴霧の実施風景
27.鳥類への影響
28.DDTによる生態影響は大きい
29.リスクとその受け手
   ・「関係者」「使うときのリスク」「禁止したときのリスク」
30.農薬の使用に関するリスク
31.農薬用途では代替品を見つけることができた
32.屋内の使用に関係するリスク
33.なぜ,30年間も方針の見直しができなかったか?
34.リスクトレードオフ(2)BSE
35.残存リスク
36.BSEによる人へのリスク
37.陽性牛の頭数と患者数
38.我が国のBSE牛によるリスク推定値の経時変化
39.我が国での検査結果
40.この場合のトレードオフ解析
   ・リスク削減v.s.費用
41.西原理恵子にとってお金とは?
42.お金とは何か
43.私にとってお金とは
   ・生活の自由度を広げてくれるもの
   ・他のリスクであがなった富
44.リスク管理で費用を考えることの重要さ
45.おカネと地球環境負荷との関係
46.食品安全と地球の安全とは矛盾する
47.本の紹介
(多少加筆修正アリ)

特に印象に残ったところは,

  • 食品のリサイクルは汚染問題を引き起こす可能性が高い(これはBSE問題のことを示唆しているものと思われる)。
  • 自然の食品と合成品(人口食品)との二重基準をどうするのかが大きな問題である(後述)。
  • これまで,安全を目標として行政措置が取られてきたが(もちろん,必ずしもリスク的な背景がベースになって措置が取られてきたわけではない),そもそも安全を政策目標にするためには「“安全”という領域を決める」必要がある。
  • 「安全とは絶対的な概念ではなく,相対的な概念」である。このポイントを認めるところから始めなければ,いつまで経っても統一的な答えは見い出せない。
  • “安全”にも色々なカテゴリーあり,その中でも食の安全というのは特出して特殊なものなのか?どの安全を取るべきか,取らないべきか?
  • ここまで議論が深まってくると,“安全”を実体のある量で定量化する必要がある。→これがリスク評価。
  • “何を”危ないと思っているのか,そのリスクの対象をしっかりと明示する必要がある。これがエンドポイント(今回の講演でも結構印象に残ったのが,何気なく当たり前だと思っていたエンドポイントの設定という部分だった。実はかなり重要なポイントなのではないか,もっと考えていかなければならないのではないか,自身の研究に見落としはないか,など非常に考えさせられた)。
  • エコナ問題は最近,リスク評価の問題であると言われているようだが,そうではない。本質は自然食品と人工食品の二重基準にある。同じ食品であっても自然か人工かだけで,食品としての評価基準がかなり異なる。
  • 二重基準は別に存在しても良い。ただ問題なのは,リスクを禁止した時にどれだけのトレードオフが発生するかという点と,ベネフィットを考えなければならないという点である。
  • マグロ体内中の水銀濃度とヒト健康リスクに関する問題も実は二重基準。しかし,マグロが食べられるベネフィットを優先するためにマグロ食は禁止になっていない。
  • リスク評価を行いリスクの大きさだけでリスク管理を行うことは出来ない。本来ならばベネフィットの評価も必要となる。しかし現在はリスク評価=管理方法の決定の状態(少なくとも食品の管理については)。
  • DDTが悪いのか,良いのかという議論は×。DDTが及ぼすリスクが高いか,低いかという議論でなくてはダメ。
  • DDT問題の教訓:①用途によってリスクを区別するという考えが出来ていなかった点。②代替物質に期待してしまった点。③途上国の人の命を軽視してた点。
  • 地球温暖化問題について:地球温暖化説が正しかったか間違っていたか,どちらになろうとも,完全には失敗しないような備えをしておく必要がある。


(追記)
今回の講演を聴いて強く思ったのは以下の2点。

  • ①“何が”危ないのか,本質を見ること(問題の明確化とルーツとエンドポイントをしっかりと把握)の重要性を再確認。
  • ②お金とは何か,の話について。やっぱりこういったマインド的な話をして行かないと,さすがの中西さんも何かを“動かす”ことはできないと悟られたのかなぁ,と個人的に思った。これまでの中西さんの主張の仕方とちょっと違う気がする。